運命は科学的に好転できる!成功への道標(第六一話〜第八十話)

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未来に配慮しながら成功についてのみ思え

成功への道標

失敗を思わず、ただ成功のみを考えて、楽観的にしていさえすれば良い、これが成功哲学である、と考えてしまう人がいる。これはとんでもない誤解である。それは未来に対する甘えにしかすぎない。失敗について考えるな、ということではなく、「失敗について恐れるな」といっているのが成功哲学なのだ。

あらゆる最悪の事態を想定し、分析し、自己の守備範囲を明確にした上で、腹をすえてそれに取りかかれば、最早、心配する必要はなくなってしまうのである。

古語に「遠き慮り無ければ、近き憂いあり」とあるように、未来に対する心こまやかな配慮は常に必要である。そのような配慮をした上で、成功についてのみ、イメージを思い浮かべよと言っているのだ。

個人主義的な信仰を持て

一代で巨富を築いたスーパー成功者には共通した特質が幾つかあるものだが、その一つに「祈りの習慣」がある。実際のところ、彼らにはそれぞれの信仰する神仏があることが多い。たとえば、大黒さまとか観音さま、弁天さまがその代表である。

これらの像などを、必ず毎日拝み、祈念するのである。しかし、考えてみれば、この世に信心深い人は多い。また、信心深くても、必ずしも成功者とならないことも事実である。ところが、これらの成功者の信仰と、凡人あるいは失敗者の信仰のそのあり方を比べてみると、そこには大きな違いがあることに気がつくのである。

まず第一に、成功者の信仰は、あまり宗教団体に所属して行なわれるものではなく、もっぱら、自分一人の神さまを守り、それを拝むという非常に個人主義的な色彩が濃いという点がある。したがって、彼はその信仰に時間やおカネを消費することが非常に少ない。

これに反して、凡人の信仰は宗教団体に所属し、そこで大かれ少なかれ、宗教活動をし、時間とおカネと、そしてこの点が大切であるが「情熱」をそこで使うのである。

これはつまり、自分の目的とする成功以外のものへ情熱を費していることになる。そしてその情熱と願いは、時に多額の寄付をもって表現される。勿論、成功者も、宗教団体に寄付はするし、多くの場合、それは巨額なものである。

しかし、凡人はまだ成功への道を踏み出さずして、自己資金を寄付に費してしまうのに比べ、成功者のそれは功なりとげさせて頂いたことへのお礼として、喜びと感謝をもってささげられた巨額の寄付なのである。

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